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フィリピの信徒への手紙  3章7節~4章1節 [フィリピの信徒への手紙]

<しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのをわたしたちは待っています。(20節)>

フィリピは東マケドニアに存在した古代都市。紀元前356年に創建され、ヨーロッパとアジアを結ぶ道として発展したが、紀元前42年の戦いによってローマ帝国の支配下となった。

「わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみに与って、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。(3節)」と、パウロは告白する。その時彼は牢獄にあり涙ながらにフィリピの信徒たちに手紙を書き綴った。涙は牢獄にある事を嘆いてではなく「キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多い」ことを悲しんでの事であった。

5節からパウロは自分の出自を述べる。ベニヤミン族、ヘブライ人の中のヘブライ人のファリサイ派。律法に関しては完璧。その事をもってキリスト者を迫害する者であったと。パウロはユダヤ人エリートの地位にあった。「しかし、私にとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになった。・・・キリストのゆえに、わたしは全てを失いましたが、それらを塵芥と見なしています(7節)」と綴る。

だが、今パウロは投獄され、主イエスのゆえに自由まで失っている。しかし、その場であるからこそ、パウロはキリストを知った、イエス・キリストの力を知った、蘇られたイエス・キリストの命を得る事が出来たと言うのであった。そして「キリストは、万物を支配下に置く事さえ出来る力によって、私たちの卑しい体を、ご自分の栄光ある体と同じ形に変えて下さるのです。(21節)」と、続ける。

復活の力を知る事が出来た。死者からの復活と言う希望を願い求めるようになったと告白する。K牧師は「本当の救いは、苦しみや悲しみが無くなるというものでなく、そのような中にあってもイエス・キリストの復活の命に私は結び付けられ支えられている事を確信できる事なのです。」と話された。

誰が見ても惨めで不運な自身の姿をもってパウロは、フィリピの教会の人々を励ます。彼の弱弱しい姿から、イエス・キリストの十字架の恵みを喜んでいる姿を見てほしいと。「兄弟たち、皆一緒に私に倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、私たちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい(17節)」 皆一緒に許されて、愛されている喜びを知る者なのだからと。

主のみ名を広め、投獄されたパウロからの手紙は礼拝の場で人々に読み上げられた。

今日の短歌 短歌誌「塔」より

「きっちりと工程表を作成す在職中の顔して夫は 渡部ハル」


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